« ひのるそる | Main | 遠慮 »

少しわかる

前回、呪医のデータばかりで医者のデータが少なかったことを反省して、今回は医者を中心に話を聞いている。医者へのインタビューは概して、相手がこっちの意図を汲み取ってくれて適切な解答をしてくれるのでスムーズに行くことが多い。一見、複雑で不思議な世界観をベースに話をする呪医と比べて格段に「わかる」。

それはいいことなのだが、インタヴューにたどり着くまでに感じたことがある。
それは、医者たちへのアクセスの困難、そして距離感のようなもの。

誰か偉い人の紹介を使えば医者とはかなり簡単にアポを取ることができるのだが、そういう偉い人たちのところに寄るのが面倒くさくて(実際面倒なことも多い)直接行ったりすると、まずは門前払いを食らう。受け付けや秘書に粘り強く趣旨を説明して、やっと受け入れてもらった後、とにかく医者の時間が空くのを待つことになる。患者たちといっしょに、少し固い雰囲気の待合室で何時間も待つ。当然、僕は最後になる。

やっとやっと会えた医者は、的確だが難しい言葉で話す。医療の専門タームは英語が多い。いっしょに付いてきてくれた僕の友達はチンプンカンプンだった。

完全に個人的な印象なのだけれど、そういう医者へのアクセスを何度か試みた結果、少しだけ「なんで近代医療があるこの地方都市で人々は呪医のところに通い続けるのか?」という問いへの補助線が見えてきたような気がした。もちろん、理由なんていろいろあるのだけれども。

気安くて何でも話せる呪医やその待合室の雰囲気と比べてみる。
理数系がまったくだめな僕には、医学用語で見えない体の中で起こっていることを説明されるのは、同じく目にみえない精霊や死霊が怒っているからだといわれることと同じくらい「信仰」だと感じてしまう。
あと、もちろん大卒で医学を学んだ医者たちとは違って、呪医には患者と同じくらいの学歴しかない場合が多い。医者はどうも mataas nga tao(高い身分の人)らしい。それは日本でも同じ事か。

どちらがいいとか選択するようなものではないし、無駄な賞賛をする気もない。
超個人的な体験から少しだけ「わかる」ということ。
こういう感覚を大事にしたいなと思った。それだけ。

|

« ひのるそる | Main | 遠慮 »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)




TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference 少しわかる:

« ひのるそる | Main | 遠慮 »