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白紙の答案

今日のSゼミは、専門学校についての研究発表。
やけにゼミが盛り上がる。

通常の学校教育に適合できない人たちが専門学校の制度(不登校・中退者への再教育や大学への編入)を利用して、最終的に社会に適合していくというロッキー的なサクセスストーリーに心を動かされる。その後、専門学校だけでなく、教育というものが社会の成熟(と疲弊)によって姿を変えているという議論へ。教育はもはやパワーとして働くのではなく、そうではない豊かさや可能性を開くものへと変質しつつあるのではないか。

ずっと忘れていた10年以上前の自分のエピソードを思い出す。

僕の父は早稲田大学出身で、とてもそれを誇りにしていて、小さい僕にお風呂で校歌を覚えさせるくらいだった。彼は、在日が日本人に向かって胸を張ることができるためにはパワーが必要だと僕に教えた。そのパワーがお金であり、また学歴だった。

それも仕方がないことだと思う。
祖父は日雇いの肉体労働者としてこの国でスタートした。
祖母は日本人だが、妻子ある人との間に子供を作って妊娠したので当時では「キズモノ」だった。
思い悩んだ祖母の父親は、街でまじめに働く祖父を見かけ、「私の娘はキズモノだがもらってくれんかね」と話しかけた。そして、在日とキズモノの日本人との間にできたのが父やそのキョウダイ。

どうしても日本人になりたかった祖父と同じく、日本人になりきりたかった父も、そのためにはパワーが必要だった。それがお金に加え一流大学卒の学歴だった。確かに。肉体労働者の在日は2世代かけて中産階級への階層上昇を成し遂げた。僕は尊敬している。

というわけで、「早稲田に行け。東大か早慶以外は大学じゃない」といわれ続けてきたし、僕もそのうちのどれかにいくんだろうと思って育った。でも、やっぱり嫌になってしまった。高校を卒業するころには、パワーとして必要な学歴のギラギラさにすっかりうんざりしてしまって、他のどの大学にいくことになろうとも早稲田大学にだけはいきたくないって思うようになってしまった。今思えばくだらない反抗だったのかもしれないけれど、18歳の僕にとって教育を受けることはルサンチマンに裏づけられたパワーを手に入れるためではなく、もっと違う種類のものであって欲しかったのだ。

受験当日までそのことをちゃんと説明できなかった僕は、早稲田大学の教室まで行って、全ての科目の答案用紙を白紙で提出した。合格すればきっと父を説得して他の大学にいくことは不可能になるから。人生で最初で最後、白紙の答案。そして、僕はめでたく希望通り今の母校へ入学して、結果的に大して勉強もせず遊びほうけて卒業した。

あの時、父の勧めどおり早稲田にいっていても、別に何が変わったわけではないと思う。どっちでもよかったのかもしれない。

ただ、今思うと、それはある種のギャップの表れだったのだろう。
一流大学から一流企業という戦後日本社会の勝ち組コースの崩壊。階層上昇のためのパワーとしての教育なら、もう機能しなくなっている。そして、もちろんその裏に、何が何でも日本社会にポジションを築こうとした在日1世や2世と、なんとなくしか自分を定義できない3世の世代間ギャップもある。

受験料を無駄にして、父の期待と夢を裏切って、白紙の答案っていう不条理な行為に及んでまで僕が欲しかったものってなんだろう。もう、昔のことだからよく覚えていない。でも僕が今、この場所にいてやろうとしていることがどうもそれに近いものだという気もしている。パワーのためではなく、そうではない学び。今後も研究を続けて、できれば在日の問題についても考えていきたいけれど、それは力を持つためではなく、何かを豊かに語りなおすため。パワーではない何かを構想するため。

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Comments

Azumaさん、はじめまして。
重森と申します。

いつも日記を興味深く拝見させていただいております。

私は現在、会社員をしております。しかし一年前までは、大学院にて「妖術」について研究しておりました。

Azumaさんによる今回の日記は、とても面白かったです。血湧き肉踊りました。その、なんだか分からないけれどどうしようもなく熱い意気込みをもったまま、Azumaさんが、素敵な研究者になれるよう祈っております。

研究者は、彼(彼女)が実存的な問題を抱えているほど、読むものを魅了する、鬼気迫った恐ろしい論文を書くことができる、と私は考えています。

そしてAzumaさんは、そのような論文を書くことができると私は思います。

Azumaさんの今後の研究を、楽しみにしておりますね☆

Posted by: 重森誠仁 | December 11, 2004 12:13 PM

重森さん、コメントありがとうございます。

僕も、重森さんのサイトを拝見させていただいています。面識はないはずなのに、何だかよく知っている人のような気がします。勝手ですが。

公開されている修士論文を最近読ませていただきました。妖術やオカルトという一見遠くに見える個別事象から一般的な何かを伝えようという熱さ、忘れないようにしていたいものです。

ところが、最近の自分はメッセージや自閉的な思索の檻に他者の声を捕えてしまっていないかとも悩んでいます。

研究であれ、人生であれ、悩みは尽きないものですね。

重森さんのお仕事の成功(?)を祈っています。
いつか、お目にかかれるといいですね。

Posted by: azuma | December 12, 2004 04:53 PM

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