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ペテンと愛国心と喪失感

ミンダナオ島の旧日本兵生存騒動、結局こういうことに落ち着きそうだ。

外務省をペテンにかけて大金を引き出そうとした(らしい)仲介者について、フィリピン生活経験者としては、「ああこういう人きっといるよな」という感想。ことの真偽についても、ミンダナオに足を踏み入れたことすらない僕としては想像することしかできない。

でも、ただ怒ったり笑ったりしてこの騒動を見送るのは違う気もする。第二次大戦と敗戦と戦後を突き抜けて、それが日本兵ではなかったとしても、やはりそこには<何か>が生存していたのではないか。多分、亡霊のようなもの。僕たちの心に少し引っかかるもの。感情を揺さぶるもの。

体のどこかで、お国のためにがんばった兵隊さんたちを持ち上げることを拒否するものがある。だから、そういった特定のナショナルなコンテクストでは共感できない。でも、もう少し感覚的な抽象度を上げたとき、「ホームへの帰還」という物語の振幅運動と共鳴する自分がいた。どこかに何かを置き去りにしてきてしまったという根源的な喪失感がそうさせるのだろうか。もしかしたら、ロザルドのいう「帝国主義的ノスタルジア」なのかもしれない。消滅の語りで対象を構成しておきながらその消滅を嘆くという欺瞞。

あるいは敗戦国日本での戦後体験を「神話」として知りながら、また高度経済成長期の豊かな日本の残骸を眺めながら、現在けっしてチャーミングとはいえないこの国で、在日3世として生きるという何重にもねじれてしまった経験のなせる業だろうか。きっと、何かを失ってしまったに違いない、という強い予感。

みんなは、僕の周りの人々は、違う世代の人々は、どのようにこの騒動を受け止めたのだろう。さあ、ほら、帰っておいでよ。

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