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いわれ

非常勤で文化相対主義について扱ったときに話したエピソード。

ある女性が呪医のところにやってきたとき、精霊の怒りを買ったためだと診断された。
僕の目から見てもとてもひどく腫れていた彼女のひざは、医者では癌だと診断されたという。数日間の精霊への贖罪の供犠を行った後、たっぷりフィールドデータをノートに書きつけた僕は、満足げに日本に一時帰国した。

再びフィールドに戻りその患者の経過について尋ねると、彼女は僕の帰国後しばらくして亡くなったという。死ぬ直前まで、彼女は呪医のところで、供犠を繰り返し、薬草による治療を続けた。呪医は、精霊の怒りが予想以上に激しく、慰撫することができなかったと告げ去っていった。

僕は今でも彼女のことを時々考える。日本で、自分の友人が同じ状況にあれば、僕は間違いなく最新設備の整った近代医療による治療を勧めるだろう。フィリピンで、その女性に対しそうしなかったのには、どんな理由があるだろうか。治療費?確かに彼女は十分な病院での治療を続けられるほど裕福ではなかったかもしれない。でも当時、十分な研究資金を受けていた僕は、その気になれば彼女の治療に対する援助を申し出ることができただろう。それでも僕がそうしなかったのは、きっと僕が呪医による民間医療の方に大きく傾いていたからだと思う。それも自分が民間医療を正しいと思うからではなくて、それを研究対象とすることに関わる正当化、つまりこの地域ではこのような医療行為が内在的に正当なのだという文化相対主義的立場ゆえに。

そんな自分の経験と、文化相対主義対人類普遍主義を絡めつつ話をしたとき、学生たちはいつも通り僕の予想以上に豊かな反応を返してくれる。リアクションペーパーには、僕の行為は決して間違ってはいない、彼女が苦しみから解放されるために行うすべをじっと見守り続けることが大切だ、亡くなってしまった彼女を思い出しながらこうやって色々な人たちに語り続けることが大事だ、という意見とともに、人の生死を前に文化相対主義も何もない、彼女は即座に設備の整った病院で治療を受けるべきだったというきつい意見もあった。

そんなことがあった数日後、『アラーの神にもいわれはない』を読了。小説の内容の切実さに加え、人類学者でもある真島一郎氏の解説文に、自分のどうしようもない無力さやその無力さに対して何一つアクトしようとしないヘタレさだけ感じてくじけそうになる。「いわれのなさ」についての「いわれ」をどうこういう「いわれのなさ」。どうしたらいい?

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Comments

その女性は近代医学の癌だという所見も一応は求めているのだから、そちらの効能を信じないわけではないですよね。ということは彼女が呪医の治療を選んだのは、やはり経済的選択だと言えるのではないですか。近代医学と呪医、どちらの効能を信奉するかではなく、どちらにも効能がありそうだがせめて安い方しか選べない、というのは別に文化相対主義ではなく単なる経済合理主義だと思いますが。日本でも保険が利かない高価な治療法を選べずに、いささか怪しい民間療法に頼る人はたくさんいるわけですし。それともazuma氏は、呪医の治療は気休めとしての効果さえないから、むしろ彼女の最晩年のQOLへの影響を考えれば、受けるべきでさえなかった、止めるべきだったとお考えなのでしょうか。それならやっとそれが人類普遍主義なのかもしれませんが。

経済的な援助をしなかったというのは、azuma氏が文化相対主義的立場に立つから、とここまでだけ考えればazuma氏は文化相対主義者なのでしょうが、呪術医療を研究対象とすることに関わる正当化が働いたというのなら、それはむしろ成果主義であって、そのときそれがたまたま文化相対主義的行動と同じに見えた、だけの話でしょう。azuma氏が近代医療の途上国への普及を促進するにはどうすればよいか?というような切り口の研究をされていたとしたら、その研究を全うさせるために医療費を援助していたかもしれないけれど、それもやはり成果主義であって、人類普遍主義とは限らないし、まして慈善や博愛とも言えないでしょうし。

そして他者から研究資金を預かっている立場である以上、まずその研究の成果を少しでも高からしめんとする、その規範が働くのはやはり資金を受け取った人の義務であると思うし、人類学の知を進歩させるための研究者としての向上にもつながるんだから、僕はazuma氏が採った行動とそれを支えた規範は、全然それで間違っていなかったと思います。僕が同じ立場ならやはり同じ行動を採ると思います。

Posted by: えむ | October 29, 2005 06:00 AM

azumaさん、僕が考えなしに無神経なコメントをしてしまって、すみません。申し訳ありません。ご迷惑でしょうから、どうかこのコメントも上記のものも、削除してやってください。すみません。

Posted by: えむ | October 30, 2005 10:19 PM

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