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他者の欠如と過剰

最近は来客が多い。今日はゼミ希望者の面接2つ、ゼミ生の発表前面談1つ、そしてラジオ番組の打ち合わせと、計4人の来客者が研究室にやってきた。それぞれ40分から1時間程度話をする。

どれもが全て重要で必要不可欠な話の内容だ。ゼミ選びは学生にとって真剣な問題だし、ゼミ生には夏のフィールドワークをぜひ実りのあるものにしてほしい。ローカルとはいえ、一般のリスナーが聞く放送の組み立てを打ち合わせていくのは、思った以上に刺激的な作業だった。

それにしても、いやそれだからこそ、精神的にも肉体的にもかなり疲弊する。すべてが終わって、やっと1人研究室での時間を取り戻したとき、もう当分誰とも話したくないという気持ちになる。完全な孤独の静寂の中で、お茶を飲みながら本やPCや書類に向かういつもの所作を、限りなく贅沢なものに感じる。一日に真剣に向かい合う来客数は、多分3人が僕のキャパの限界だろう。誰も来なければ来ないで、それは寂しいのだけれど。

ここまで書いて、それが単に仕事の話ではなく、いつもの自分のやっかいな他者との関係性のとり方をまたトレースしていることに気づいた。基本、寂しがり屋。人と関係していないと死んでしまうだろう。でも、その関係が過剰になった瞬間、「一人の時間が欲しい」と湧き上がる欲求。他者の欠如と過剰の両極の間をずっと揺れながら、僕はいつもその関係性のバランスをとることができないでいる。欠如の極にあるときは、暑苦しいくらいに関係を希求するくせに、過剰の極にあっては冷淡ともいえるくらいに他者を拒否する。なんて面倒くさいやつ。結局、成長していないということか。

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Comments

僕にも、そういうところがあります。逆に孤独を受け入れ、関わりを執拗に求める人たちを受けとめるところに、成熟がかかってくるのかもしれない、などと考えさせられます。

寂しくないひとりの自由と、わずらわしくない人間関係の楽しさを求めてしまう。でも、寂しさとわずらわしさが、今の僕を、何かもっと深いものにしてくれるのかもしれない(ちょっとかっこつけてみました、ははは)。

Posted by: Sammy | June 27, 2007 08:25 PM

ニコラス・ケイジの「天使がくれた時間」という映画、観たことありますか?けんちゃんが観たらどう思うだろう、とふと思いました。

Posted by: | June 27, 2007 11:42 PM

すんません、名乗るの忘れました↑

Posted by: じんじん | June 27, 2007 11:44 PM

>sammyさん

自分の非成長を肯定するわけではないですが、どこかで「ちょうどいい孤独の時間と適度な人間関係を維持する大人」なんて少し気味が悪くて、あるときには「すっげー寂しい、だれか構って」と、またあるときには「あー忙しすぎる、一人になりてー」と叫べる自分がより人間らしいと思っています。だから成長しないのでしょうか。

広島でお会いしましょう。

>じんじんさん

「天使のくれた時間」観ましたよ。少し違うけれど、キアヌ・リーブスの「スイート・ノベンバー」も、人生の成功より大事なもの(愛)を見つける、でやり直そうとするという話でしたね。

どう、ふと思ったのかわからないけれど、僕は仕事とプライベートであれば、多分後者をより大切にしている方だと思います。仕事のために(恋愛に限らず)他者との関係を制限するのは、むしろ自分の望んでいる生き方ではない。その上で、人間関係において他者の過剰をわずらわしく思う瞬間があるということです。でも関係自体は否定するどころか、何にもまして大切なものだと思います。

Posted by: azuma | June 28, 2007 07:15 PM

いやいや、ちょうど良いところを目指すのが成長、という意味で書いたのではなくて、Azumaさんが書いたように、どうしようもない寂しさのときも、めんどくさくて仕方ないわずらわしさのときも、どちらも逃げずにしっかり踏んでこその成長かな、と思ったのです。

僕も、ほどほどなんて、現実的でもないし、それこそきれいに大人っぽ過ぎると思います。「ほどほどの調和」はこの国の美徳でもあるかもしれないし、ある程度は大衆消費社会の目指すところかもしれないけれど、そういうものに唯々諾々とただ流されてなんとなく満足、というのは、やはりいやなのです。

Posted by: Sammy | June 29, 2007 11:42 PM

>Sammyさん

どうも、いわゆる成長(ほどほどの大人)とは違った成長があるみたいですね。自分の弱さや短所を飼いならしてしまうのではなく、受け入れ向き合うような。開き直りとも違って。

ああ、あと2時間後には広島に向かわなければならないのに、まだ寝てません!

Posted by: azuma | June 30, 2007 02:55 AM

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