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不自由さの表出

小さな車を運転している。駐車場に停めるために、前進したりバックしたり、いつもなら簡単にできるはずのことが、なぜか上手くいかなくて、ぶつけそうになっては急ブレーキを繰り返す。そんな夢で目が覚めた。多分、日本語で話すときと比べたらもちろん、以前長期滞在していたときよりもかなり不自由になったイロンゴの現在の運用状況が、わりと素直な形で出てきたんだろう。なんてわかりやすい僕の心理状況。

6ヵ月、いやせめて3ヶ月ここにいられたら、また自由に話ができるようになるのに。でも、多分それは当分かなわない。日本ではほとんど使うことのないイロンゴは、こうして僕の記憶の中から少しずつ溶け出していくのだろうか。

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Comments

今回あわせて4ヶ月ほどマニラにいて、随分タガログ語に慣れた、と感じた面と、同時にやはり根本的に壁があるなあ、と感じさせられた面と、両方がありました。

所詮はふだん東京で暮らしている身、そう感じつつも、でも東京に戻ってくるとそれはそれでどうにも不適応でくすぶっている私です…。

Posted by: Sammy | August 24, 2007 11:30 AM

>Sammyさん

こんにちは。確かにどこまでいっても壁はあるような気がします(あと10年位住みつけば、また別でしょうが)。そして、そのように隔てられた他者との境界を乗り越えたり、侵犯したりするチャレンジを続けるのが心地よくもあるとさえ感じます。

一方で、「日本社会」との隔絶間やズレの感覚は僕も強く共感するのですが、それはけっして心地よいものではなく、「当然ここに帰属しているだろう」という誰かの強い呼びかけに完全に応じることも、身をかわすこともままならないまま、居心地悪く過ごしています。

Posted by: azuma | August 25, 2007 04:01 PM

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