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解禁

ボラカイで、観察とインタヴューの日。

観察にあえて「参与」をつけないのは、どうも自分がうまく観光客になりきれていないと思うから。例の緑色のフィールドノートを片手に、4kmもあるビーチ沿いの砂浜通りを何往復もしながら、目を血走らせて必死で何やら書き込む姿を見かけたら、フィリピン人の物売りもビーチボーイも遂には声をかけてこなくなった。今日は快晴の強い日差しの下で、日焼けしたのだけは、この場所に似つかわしいだろうか。

インタヴューは、とても実りのあるものだった。僕の当初のリサーチプランも新たなテーマも、どちらも確認することができて、また多分その人は素晴らしいゲートキーパーになってくれそうな気がする。次回の調査計画なども相談しながら、当初は1時間程度の予定が、2時間以上も話を聞かせてくれた。いつもながら、フィールドワークという営為を成立させてくれるインフォーマントという存在の重要さを再認識する。

少し暮れ始めた夕日を横目に、疲れ果てて宿に戻ったのは6時半。これがビーチリゾートのフィールドワークの有り様。海で泳ぎもしなければ、水着すら着ることはない。そして、砂浜を歩くのは意外と脚と腰に来る。いつもはノートや資料整理の終わる9時まで禁止のビールを、今日は自分へのご褒美に解禁して、このブログを書いている。

今回のボラカイ調査は、あと2日を残すのみ。

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Comments


わたくし事で失礼します。

娘が生まれました。名前はまだありません。

ところで、

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070830-00000017-mai-soci

こういうことはあってはいけませんな。。

ではまた!

Posted by: | August 30, 2007 04:20 PM

うまくいってそうですね!ぼくのほうも9月8日に新日系人コンベンションがあるらしく、それに誘われました。
 あとは、週に4回ぐらい動いて、3日は論文を書いている。
これはまるで留学時代のような生活である。
 フィールドワークと論文書き(テーマは違うが)を同時にするという行為、意外とself-reflectionになることに気づいた。もちろん調査の中間的な重要な局面ではあんまりよくないが、最初のテーマがまとまってない時期とほぼ資料を集めた最後のほうにはいいような気がする。一体自分が何のために研究を始めたのかを再認識できる。

 また「観光人類学」いいと思う。日本でちゃんと観光サイトの人類学をしている人はそんなにいない。ましてや「フィリピン研究」の枠組みだといないでしょう。いいんじゃないのかな!ビールを飲めないこと以外は。

Posted by: masa | August 30, 2007 07:53 PM

>名無しさん

お知り合いでしょうか。娘さんのご誕生、おめでとうございます。

記事の件、詐称はいけませんね。日本では博士学位が、研究者の「集大成」から欧米的な「ライセンス」へと位置付けが変わりつつあり、その世代の狭間にいる人たちは昇進や評価など不利益をこうむる場合もあるようです。文部科学省の「欧米志向」も問題ですね。

>masa

「新日系人コンベンション」ってなんだろう。Masaの研究は、いつも新しいものが出てきて楽しいね。

フィールドで論文書くのは大変だけれど、現場感覚で色々考えられるし、わからないことがあればすぐインフォーマントに聞けるメリットもあるよね。どっぷりフィールドに浸る時期も大事だけれど、それを反省的に考えたり書いたりしながら調査するのも僕はありだと思う。

そういえば、フィリピンの観光人類学ってあまり聞かないな。ボラカイ調査、スタートはまあまあ順調でした。これから、うまく軌道に乗るといいけれど。でも、リゾートで昼からビール飲めないのは本当にきついよ!

Posted by: azuma | August 31, 2007 04:15 PM

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