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「ご飯ですよ」から思うこと

この時期のフィリピンは、Tag-init(夏)真っ盛り。日中の家の中は暑いので、庭にラップトップを持ち出して、上半身裸で作業をする(露出狂ではなく、男性ならフィリピンでは当たり前)。このシーズンは学校が休みなので、平日でも子供たちが家にいてにぎやかな声が聞こえてくる。

日本から送られてきた学生の文章をチェックしていると、この家のお母さん(といっても僕の1歳上)が "Kaon ta, Ken!" と声をかける。その後、子供たちも "Kuya Ken, Kaon ta!" と続く。そう、お昼になったので「ご飯ですよ」と呼んでくれている。この辺りでは、食事をするときに居合わせた誰であっても必ず声をかけることが望ましいとされている。が、多くの場合は声をかけられた方もうまく断るし、僕もそうしている。でも、滞在先のこの家では、僕は食事を断る必要はない。テーブルに座って、自分の分のご飯とおかずを皿に盛るという何度も経験した当たり前のルーティンをまた繰り返せばいい。日本ではずっと一人で暮らしている僕にとって、「ご飯ですよ」と呼ばれて、用意されたご飯を食べるなんて、この家にいるときくらいだろう。幸福なことに、ちょうどお腹もすいてきた。

ラップトップを休止して食卓に向かう途中、ふと不思議な感覚に取り付かれる。日本から持ってきたり送られてくる仕事や書類。フィリピンにいても、今の僕は日本とのつながりを断ち切ることはしないし、そうすることはできない。でも、この家に長期滞在していた数年前には、日本とのつながりなんてほとんど何もなくて、もしかしたらずっとこのまま毎日ご飯を食べたり寝たり起きたりしながら時が過ぎていくんじゃないのかな、なんて考えていた。あのときの未来がまったく見えない不安な気持ちは喜んでまた受け入れたいものではないけれど、でもそんな状況だったからこそ何もかも全て受け入れてこの場所と人たちに身を任せて浸りきることができたんじゃないだろうか。

言葉は忘れていない。みんなは僕のことを覚えて気にしていてくれる。年に数回帰ってくるこの場所を僕はとても気に入っているし、許される限り帰り続けたいと願う。でも少し残念なのは、あの頃みたいに自分の全てを白紙にして心を完全にオープンにして受け入れ学ぶことが、はたして今の僕にできるのかどうも自信が持てないということだ。そうするには、今の僕はあまりにも多くの仕事と大きな責任を引き受けすぎている。でも実際のところ、このカラッとした暑さと緩い時間の流れと青い空の下で、僕が抱えたり背負っている(と思っている)ものにはどの程度の価値があるんだろうか。ずっと探して追い求めてきたものは、本当に必要なものだったのだろうか。一度すべて投げ出して、また最初からはじめることができるとしたらどうだろう。

そんな若干のメランコリーは、子供たちと冗談を言い合いながら食べる昼食の席で、少しずつ霧散していくように思えた。ただお腹がすいていただけなのだろうか。この後、午後は協力隊員のオフィスと調査助手の家を訪問する予定。

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Comments

環境に身をおき、色々と考え、感じることがあるのでしょうね。
何年も同じように受け入れてくれるFamilyがいるって、すっごく素敵なこと。
私も幼い頃に1ヶ月だけHome stayをしたことがあるのですが、なんだか今訪れたら、どうなんだろうな~~~なんて、日記を読みながら思ってしまいました。
「ご飯ですよ」って言ってもらえ、また行くと準備されているって、ほんと、一人暮らしなら、余計に嬉しいのだろうなぁ~~~。せっかくなので、甘えてきてくださいね
過去があるから、今があり、そしてこれからの未来がある。
過去のようにできなくても、過去があるから、今があるのです。当たり前だけど。
だからこそ、今は今でいいのではないでしょうか?
今という自分がまた、全てを受け入れ、自分なりに過ごすことができたら・・・これからの未来に繋がっていくのですから・・・。
変えることができるのは、自分と未来だけ。
これからのAzumaさんにとって、とっても素敵な未来が待っていますよ

Posted by: Mikarin | May 05, 2008 06:43 PM

>Mikarinさん

コメントありがとうございます。

僕については、本当にそのとおりですね。自分の過去に責任を持って、現在を引き受け、未来を選択する。そんな主体性を常に必要とされる近代の真っ只中に僕たちはいます。そのゲームの中では、僕はたしかに幸せに生きていると思います。

ただ、必要以上に僕のフィールドを切り離すわけではないのですが、そういう主体性や自己責任とはズレた形で、この人たちやこの場所がねじれて接続している、というのが僕の印象です。

だから、自分で決めて引き受けた過去と現在と未来の直線が、彼/女たちのリアリティーと交わらないような気がしてしまう。そんな感じです。

Posted by: azuma | May 07, 2008 02:53 PM

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Posted by: download hack | February 14, 2015 10:20 AM

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Posted by: DJs Mobile Mechanic Service | February 15, 2015 01:08 AM

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Posted by: mechanic mobile service | February 18, 2015 07:13 AM

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Posted by: shark info | July 19, 2015 08:50 AM

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