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他者と生きること

数年前、それでももう10年位前になるか、絶対的といっていいほどの他者と生活をともにすることになった。

そのときは、「フィールドワーク」と呼ばれるどうしようもなく専門的なこちらの都合によって、どう考えてもぶしつけすぎるでしょうという状況で、「すいません、今日から2年ほどお世話になります」という感じで、フィリピンのある地方都市の村落内のお宅に住み込んだのだった。それから2年ほど、やはりぶしつけだったので、ずいぶん色々誤解があったり、もめたり、喧嘩したりしながら、それでも最後は帰ってきたくなくて、愛しすぎて、涙で鼻水が止まらなくなりながら、あの家を出て、独りのこの国のこの街に帰ってきた。その一連の流れの中の過ちに関しては、もう引き受けるしかないということはよく分かっている。でも、それはまた次回の話。

今回、新たに他者と生活をし始めて、最初に感じたのは、自分がいかに独りで完結したシステムの内部で生活を継続してきたのかということ。友人は幸いにしてつねに声をかけてくれて、学生もまあまあ付き合ってくれる、親族も見捨てることなくときどき思い出してくれる、というような状況で、僕の人生は自分の中ではそれなりに他者にひらかれながら、自己との行き来を繰り返していると思っていた。でもどうやら違っていたようだ。18歳から35歳まで、もしある人が独りで、生活を構築してきたとしたらどうなるか、その「独特」な感じがいまようやく、彼女と生活し始めて分かり続けている。全ての局面において、お前、他者を受け入れられていないぞというモメントの連続。でもそれはまた次の機会に。

逆に、他者がどうしようもなく生活をともにしていることによって、愛してしまうほどにすばらしいことは、衣食住の充実。何もかも、洗うことも、干すことも、掃除することも、購入することも、作ることも、それら一連の計画も、実行も、何もかも二人で分け合い、二人で話し合い、行う。どうもコブクロ的な発言になってしまうようだけれども、独りで15年生きてきた人間にとって、「生活」とはこなす以上には意味の無いタスクであり、できる限り効率的に行うものであったのに、それを共有し、意味あるものにしてくれる生活内他者の存在は驚くべき変化だということ。その際たるものが食事で、独りでは買うことも想像しなかった鯛一匹とか、絶対に独りではなしない豚しゃぶとか、もう、他者万歳っていうくらいに生活は充実している。そういえば、あの頃フィリピンで、毎晩みんなでご飯食べていたなって今さら思い出す。

他者とともに生きるのは思った以上にきついことだけれども、生活の中に他者がいることって、じつはかなりすごく優しいことなんではないかと思った。そのきつさと優しさの両極の間で揺れながら、僕たちは他者との関係性をはかっている。でも、時々そのバランスを忘れてしまって、他者の「きつさ」の方をクローズアップしがちだし、実際そんな最近の雰囲気だから、こんな文章を書く気になったのかもしれない。ご飯は、誰かと食べた方がおいしい。今夜のアクアパッツァは忘れられないくらいに素敵だった、それだけのこと。

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鯛が埋もれているがアクアパッツァ。彼女が元職場の先輩からもらったタジン鍋で作った。

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家族連れでの「転向」

政治的な活動にコミットする際には、十分に考え、自分の思想的立場を明確にすること。

そのような信条にもとづき、職場の教職員組合への参加は、度々のお誘いにもかかわらず「考えさせてください」と返事を延ばしてきた。そして、それが非常に政治的であったとしても、あるいはただの親睦組織であったとしても、やはり参加しない方向で考えていた。

でも職場の組合は、年に数回の飲み会や家族も含めての親睦旅行など、すごく楽しそうなイベントが盛りだくさんで、僕も昨年度は非組合員としていくつかの飲み会に参加させてもらった。そして、今年の春の親睦旅行、城下町の犬山でお城を見たり、温泉に入ったり、川下りで花見をしながら、組合員の家族同士で親睦を深めるというイベントのお知らせがきた。お知らせの紙を家に持ち帰って、彼女に「こんなのあるけど、行きたい?」と尋ねる。「行きたい、行こうよ」という彼女に、「でも、僕は組合員じゃないから、さすがに家族連れの旅行はちょっと行きづらいかな」と答えると、「じゃあ、組合入ればいいじゃん」ということで、その直後に「妻の意向で転びます、組合に加入させてください」とメールを打つ。あっさりと転向して、めでたく組合員になりました。今後は、徹底的に、命がけでオルグする側に回ります。

というのはやや冗談で、職場の組合は加入者も少なく、組合活動などほぼ何もしていなくて、実質は単なる親睦組織。加入しなかったのは組合費にややたじろいでいたからだけれど、家族連れで毎回イベントに参加していればかなりお得になるという計算で。

そして、昨日がその親睦旅行の日。やっぱり加入してよかった。すごく楽しかった。最初は、彼女が他の先生方やその家族とうまくやれるかと少し心配だったけれど、普段はやや気難しそうにみえた先生も完全オフモードでものすごく笑顔で、奥さんたちは大学教員の配偶者というやや特殊な立場のいいところや大変なところを彼女とシェアしてくれて、小さな男の子は彼女を「お姉ちゃん」と呼んでなついてくれた。お城に行ってもお寺に行っても、日本史や東洋史の先生がすばらしい解説をしてくれて、夜の飲み会では30年勤めた先生が、これから30年勤めるだろう僕に色々アドバイスをくれた。物知りで、やさしくて、穏やかで、冷静で、でも少し変わっている「ザ・研究者」みたいな先生たちに囲まれて、僕は本当に同僚に恵まれているとしみじみ思う。仲良しの先生と彼女と3人で2次会に行き、ワインを飲みながら、30代の僕たちは「これから長い付き合いになるけれど、本当によろしくね」的な雰囲気。

家族を連れて職場の同僚と親睦を深めるなんて、そんな平和な一日が自分の人生にやってくるなんて、いまだに信じられない。これまでも同僚の家族と触れ合う機会はあったけれど、それはいつも独りの僕が幸せな家族を眺め、ほほ笑むという構図だったから。夫婦という「チーム」でこれからきついことも含めた人生を乗り切っていかなければいけないだろうけれど、まずは友人や同僚たちに「チーム」の結成を受け入れてもらうこと、そこから始めようか。週末はプライベートの友人たちとの集まりに彼女を連れていく。名古屋で、僕の特殊な社会関係の中で、日々新たに他者と出会い、そして必ず穏やかな笑顔で打ち解ける彼女の人としてのすばらしさに感謝しながら。

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犬山城。桜は5分咲きくらい。

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川を船で下りながらみた犬山城。風が強かったけれど、素敵な景色だった。

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